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2007/12/01

パチスロにはまった過程5

最初にはまった機種はアルゼのどんちゃん2だった。ある程度目押しもできるようになってたし、リプレイ外しをして子役を取りこぼさなきゃ勝てると、変な自信ができてたころだった。

この機種は、朝一のチェリー確率で設定変更の有無が推測できるとか、ビック中のチェリーとベルの複合子役とか、攻略してる感がある機種だった。花火の遺伝子だけあって、ゲーム性も面白かった。

ビタ押しはできなかったので、ビックボーナス中は空回しで複合役をとってた。複合子役を狙わないやつを見ながら、こいつらはなんて馬鹿なんだろうとちょっと優越感に浸りながら、自然にリールがストップするまで40秒間待った。小さい人間だ。

どん2の朝一設定変更判別のおかげで、朝一からパチンコ屋に並ぶ癖ができてしまった。当然大学の午前中の授業は全滅した。

このころの収入は、奨学金が月5万円、アルバイトで5、6万円だった。そのころから、普通の人が使うような、服を買ったり、旅行に行ったりという一般的なお金の使い方はしなくなった。月10万円前後を必要最低限の出費以外はパチスロに費やすようになった。

こうやって昔の思い出を書くのは楽しいんだけど、思い出すのは半分以上パチスロの思い出だ。もしパチスロをやってなければ、普通の思い出が倍あると思うと、本当に残念。

勉強のための奨学金はパチスロ屋に消えていった。本当に必要な人に対して申し訳ない。奨学金は後10年くらい返し続けなきゃいけない。

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コメント

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ちなみに、kuramaが昔はまった機種は、『トリプルセブン』という裏物でした。
4号機が出て以来、裏物の意味がなくなりましたが、kuramaは、裏物専門のスロッターでした。

後、よく打ったのが、『パピードッグ』、『スピードチェイサー』、『キングジャック』などでした。
きっと、マイナー過ぎて、ご存知ないと思いますが・・・。

>kuramaさん
どうも。4号機より前の時代ですね。歴史は知ってますよ!
僕がわかる一番古いのは、クランキーコンドルくらいです。